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「昔そば若竹」
(むかしそばわかたけ)
評価
★
住所
茨城県東茨城町若宮717-4
Tel.
0292-93-9125
最寄り駅
大洗鹿島線大洗駅より約10km
アクセス
東水戸道路水戸南I.C.より約3km
営業時間
平日 11時〜15時半(L.O.)、
日、祝 11時〜18時半(L.O.)
席数
50席
駐車場
15台分
最終訪問
2000.11.11(初囘訪問同じ)
「昔そば若竹」は茨城町、涸沼の北側を北関東道と平行に東西に走る県道40号沿いにある。都捨ての蕎麦屋にありがちなのだが、夲當にこんな場所に蕎麦屋なんかあるのだろうか?と不安になる樣なロケーシヨンだ。
店の玄関の横にはガラス張りの手打ち室がしつらえられている。膝下まであろうかという藍色の長い暖簾を分けて店に入ると、昼時を外れたこともあってか店内に人影はまばらだ。
品書きは手書きしたものをコピーしたのだろうか、プラステイツクのカードケースに入れられてあるのだが、割れた部分をセロテープで補修してあったりして、そのこだわりのないチープさが何とも言えぬいい感ぢだ。ちなみに、品書きの裏にはそばについての能書きが、こちらはワープロ印刷で記されている。
さて、先づは此の店のオリヂナルメニウである「
そば焼
」なるものを試す。先程の能書きから引用させて頂くと、「そば焼」とは
■本店を団欒の御席としても御利用頂くため、「そば焼」を品書に加えました。
■そばが現在のように細い線状に切られるようになったのは、江戸時代寛文年間といわれています。
■それまではそば粉を練って団子状にしそれを手のひらで平らにして網の上で火で焼いた物でした。
■そばの本当の味はこの直焼きであると言われています。
■本店はそば食の原点にさかのぼって味を追求し、これを油で揚げて辛子醤油とネギで召上がって頂
きます。
・・・というものらしい。私の記憶では蕎麦切りの形が出來たのは寛文年間(1661年〜1673年)ではなくもう少し前の慶長年間 (1596〜1615)であり、また燒いてではなく蕎麦掻きの形で供されていた、となってはいるが、まあ細かいことはどうでもよろしい。あと、油で揚げてあるのなら「そば焼」ではなく「そば揚」ではないのか?という素朴な疑問も心の隅をよぎらないではなかったが、そんな些末なことにこだわっていると人間が小さくなってしまう。とにかく試してみよう。
竹串に刺した状態で供さるる「そば焼」は食感良く香り高い。また、油との相性も良く、葱ともよく合っている。「
そばがき
」も一緒に注文したのだが、その味をも忘れてしまう位インパクトが強かった。此は酒がすすみます・・・と言いつつその酒の銘柄も忘れてしまっていることに氣附いた。(^^;;;
折角の新蕎麦の季節なのだから「
生粉打ちもり
」を注文した。さすがに喉越しはさほど良くもないが、こちらもやはり蕎麦の香りはきっちりと立っている。
反面、「材料を吟味し化学調味料は一切使用していない」というツユは甘ったるく、とても貧弱で薄い。薄くて甘い関西圈のツユでもこれほどまでに弱っちいのは滅多に見られない程だ。「本店のもり汁の濃度は標準的ですが」と書いてあったが一体、どこの「標準」なんだろうか?
「契約栽培による国内産の玄そばを昔ながらの石臼で、自家製粉し」「昔ながらのそばの味を守っている」から「昔そば」だそうだ。
特に洗練されている訳ではない「田舎の蕎麦屋」だが、蕎麦の香りだけはしっかりと立っていた。あと「そば焼」はこの店でしか味わえないので、茨城遠征の機會があれば是非ともまた食してみたいものだ。
主なメニュー:
もり800円、
生粉打ちもり
1200円、とろろそば1100円、
天もり(かき揚げ)1700円、天ぷら盛合せとそば(大海老)2400円、
そばみそ350円、
そば焼
400円、
そばぜんざい700円、
そばがき
1000円 他
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